このページの目次
なぜ経審対策は「申請直前」では手遅れなのか?
「よし、今期の決算も終わったし、そろそろ経審の準備を始めるか」もし、このように考えていらっしゃるなら、残念ながら来期の公共工事入札に向けた競争では、一歩も二歩も出遅れてしまうかもしれません。
なぜなら、経営事項審査(経審)の評価点の大部分は、決算日時点の数値や状況で確定してしまうからです。例えば、完成工事高(X1点)、自己資本額や利益額(X2点)、経営状況(Y点)、所属技術者数(Z点)、社会保険の加入状況(W点)といった主要な評価項目は、決算を終えた後で「もっと点数が欲しいから」と数字を修正することはできません。
これは、経審が「過去1年間の経営状態を評価する」という性質を持っているためです。つまり、決算日は経審の評価に用いられる多くの数値が固まる重要な基準日です。その日を迎える前に、評価項目ごとの準備を計画的に進めておくことが、点数改善につながります。
この記事では、単なる申請手続きの流れを解説するのではなく、「次の決算日」を見据えて、いつから、何を、どのように準備すれば良いのか、1年がかりの戦略的な年間スケジュールを専門家の視点から徹底的に解説します。経審の全体像については、経営事項審査の基本的な仕組みで詳しく説明していますので、併せてご覧ください。
経審の点数アップを実現する年間スケジュール【全体像】
経審で高い評価を得るためには、場当たり的な対応ではなく、決算日を基点とした計画的な準備が不可欠です。まずは、経審申請から入札参加資格を得るまでの一連の流れと、それを見据えた年間のアクションプランの全体像を把握しましょう。

このタイムラインを見ていただくと分かる通り、経審対策は決算日をまたいで、継続的に進める必要があります。特に重要なのが、決算日より前の準備期間です。この期間の取り組みが、翌年の評価点を大きく左右します。それでは、各ステップで具体的に何をすべきか、詳しく見ていきましょう。
ステップ1:決算後〜決算変更届
決算が確定したら、まず取り組むべきは「決算変更届」の提出です。これは、事業年度終了後4ヶ月以内に、管轄の行政庁へ提出する義務があります。この届出が完了していなければ、その後の経審申請に進むことはできません。税務申告のために作成した決算書を、建設業法で定められた勘定科目に組み替えた財務諸表や、1年間の工事実績をまとめた工事経歴書などを作成します。この段階で作成する書類が、経審の評価の土台となるため、正確な作成が求められます。この決算変更届は、5年ごとの建設業許可の更新手続きの前提条件でもあるため、毎年必ず提出しなければなりません。
ステップ2:経営状況分析(Y点)の申請
決算変更届の準備と並行して、またはその直後に行うのが「経営状況分析」の申請です。これは、会社の財務状況を評価する「Y点」を算出してもらうための手続きで、国土交通大臣の登録を受けた専門の分析機関に依頼します。分析機関から「経営状況分析結果通知書」が発行されなければ、次の経審申請に進むことはできません。手続きの順番を間違えないよう注意が必要です。
ステップ3:経営事項審査(経審)の申請と結果受領
ステップ1と2で準備した書類が揃ったら、いよいよ管轄の行政庁へ経営事項審査(経審)の申請を行います。申請後、審査を経て「総合評定値通知書」が交付されるまでには、通常1ヶ月程度の時間がかかります。この通知書に記載されている総合評定値(P点)は、公共工事入札における客観的な評価指標の一つとなります。入札参加資格申請の締切から逆算し、余裕を持ったスケジュールで申請することが重要です。
ステップ4:入札参加資格申請
ここで非常に重要な注意点があります。それは、「経審を受けただけでは、入札には参加できない」ということです。総合評定値通知書は、入札参加資格申請に必要となる書類の一つです。実際に公共工事の入札に参加するには、国、都道府県、市区町村など、工事を発注する機関ごとに「入札参加資格申請」を別途行う必要があります。
これらの発注機関では、年に1回の「定期受付」や、年間を通して受け付ける「随時受付」など、受付期間が異なります。「経審の有効期限はまだあるのに、希望する自治体の入札申請の締切を過ぎてしまった…」という事態に陥らないよう、各機関のスケジュールを事前にリサーチし、管理することが不可欠です。
【決算前】点数アップの仕込み期間:やるべき3つのこと
経審の点数改善を考えるうえでは、決算日を迎える前の準備が特に重要です。いかに計画的に取り組むか。そのための具体的なアクションプランを3つの視点から解説します。
①技術者(Z点)の状況確認と資格取得計画
技術力を評価するZ点は、決算日(審査基準日)時点で在籍している技術者が評価の対象となります。そのため、技術者の採用や資格取得の計画は、常に来期の決算日を見据えて進める必要があります。
例えば、従業員が1級施工管理技士の試験に合格したとしても、合格発表や免状の交付が決算日を過ぎてしまえば、その年度の評価には反映されません。資格取得を目指す従業員の試験日程、合格発表、そして証明書の発行時期までを事前に把握し、計画を立てることが重要です。
また、監理技術者講習の受講計画や、建設キャリアアップシステム(CCUS)を活用した若手技術者の育成に関する加点なども、計画的に準備を進めることで着実に点数を積み上げることができます。高齢の技術者も重要な戦力であり、65歳超雇用推進助成金などを活用して雇用環境を整備することも、企業の持続的な成長と技術力の維持につながります。
②社会性等(W点)の加点漏れチェックリスト
社会性等(W点)は、事前の準備と確認で最も着実に点数を稼げる項目です。しかし、「制度には加入しているのに、証明書類が揃えられずに加点されなかった」という、非常にもったいないケースが後を絶ちません。

決算日が近づいてきたら、以下のチェックリストを参考に、自社の状況を確認し、証明書類を準備しておきましょう。
- 労働福祉の状況:雇用保険、健康保険、厚生年金保険への加入は当然として、建設業退職金共済(建退共)や法定外労働災害補償制度への加入証明はありますか?
- 法令遵守の状況:審査対象期間に、建設業法に基づく監督処分等の減点対象となる事由はありませんか?
- 防災活動への貢献:地方公共団体との防災協定を締結していますか?
- 建設機械の保有:ショベル系掘削機や移動式クレーンなどを保有・リースしている場合、特定自主検査記録表やリース契約書は準備できていますか?
- 知識及び技術又は技能の向上に関する取組・CCUS関連:CPD単位の取得状況や、建設キャリアアップシステム(CCUS)の能力評価判定・現場利用等に関する証明資料はありますか?
これらの多くは、審査基準日時点で有効な証明書類が求められます。決算直前に慌てないよう、早めに確認し、必要な手続きを進めておくことが大切です。なお、社会保険加入は建設業許可・更新の要件として重要ですが、令和8年8月以降の経審では、雇用保険・健康保険・厚生年金保険の加入有無に関するW点の減点項目は削除されています。
参考として、近年は建設業における働き方改革の推進を目的とした取り組みも評価されています。
③財務内容(Y点)の改善シミュレーション
財務状況を評価するY点についても、決算前に打てる手はあります。もちろん、粉飾決算のような不正は論外ですが、健全な経営判断として財務指標を改善させることは可能です。
具体的には、
- 役員借入金の資本への振り替え(DES)
- 不要な固定資産の売却によるキャッシュフローの改善
- 金融機関との交渉による借入金の返済計画の見直し
といった対策が考えられます。
ただし、これらの財務戦略は、節税対策と相反するケースも少なくありません。例えば、節税のために役員報酬を高く設定した結果、利益が圧迫され、経審のY点が下がってしまうということも起こり得ます。税理士は税務のプロですが、経審の評価指標までを考慮してアドバイスをくれるとは限りません。「節税を優先して公共工事の受注機会を失う」という本末転倒な事態を避けるためにも、税務の視点と経審の視点の両方から、最適な着地点を探る必要があります。たとえ赤字や債務超過であっても、経審を受けることは可能ですが、点数への影響は避けられないため、事前のシミュレーションが重要になります。
【決算後】申請準備期間:正確性とスピードが重要
決算日を過ぎたら、いよいよ申請準備期間に突入します。このフェーズで重要なのは、決算前に「仕込み」を行った内容を、いかに正確かつスピーディーに申請書類へ反映させるかです。
決算変更届、経営状況分析申請、そして経審申請と、手続きは続きます。ここで特に注意すべきは、それぞれの書類間で数字の整合性を取ることです。例えば、決算変更届に記載した完成工事高や財務諸表の数値と、経審で提出する数値が異なっていると、審査で指摘を受け、手戻りが発生してしまいます。
また、商号や本店所在地、役員の変更などがあった場合、建設業許可の役員変更・本店移転に関する変更届が別途必要になるケースもあります。決算後の手続きをスムーズに進めるためにも、決算前から専門家と連携し、必要な書類や情報を整理しておくことが成功の鍵となります。
当事務所のサポート事例
これまで解説してきた年間スケジュールに沿ったサポートは、実際に多くの企業様の点数アップと事業拡大に貢献してきました。ここでは、当事務所が携わった2つの事例をご紹介します。
事例1:担当者退職に伴う大規模経審の引継ぎサポート
技術者数が数百名、許可業種が10業種にわたる大規模な建設会社A社様からのご相談でした。長年、経審手続きを担当されていた従業員の方が定年退職されることになり、「引継ぎがうまくいかず、何から手をつけて良いか分からない」という切実な状況でした。
私はまず、過去の申請書類をすべてお預かりし、膨大な情報を整理することから始めました。数百名にのぼる技術者一人ひとりの資格情報や講習の受講履歴をリスト化し、各業種における評価点をシミュレーション。その上で、次回の申請に向けた詳細なスケジュールと、各部署で「いつまでに」「何をすべきか」を明確にしたToDoリストを作成しました。
この計画表があったことで、後任の担当者様は混乱することなく、着実に準備を進めることができ、無事に経審の空白期間を作ることなく申請を完了。複雑で大規模な案件であっても、専門家が情報や手順を整理することで、円滑な引継ぎと安定した経営評価の維持につながった事例です。
事例2:新規参入から目標P点達成までの戦略的コンサルティング
B社様は、もともと当事務所で建設業許可の取得をお手伝いした会社様でした。当初は公共工事への参入は考えておらず、数年間は点数を気にせず経審を受けていました。しかし、ある時、「特定の工事を受注するために、P点を〇〇点まで引き上げたい」という明確な目標が生まれたのです。
ここから、B社様と当事務所で目標P点の達成に向けた具体的な改善計画を進めました。まず、現状のP点を詳細に分析し、目標点数とのギャップを算出。その差を埋めるために、Z点(技術力)とW点(社会性等)のどちらで点数を伸ばすのが最も現実的かをシミュレーションしました。
そして、「次の決算日までに、どの資格を持つ技術者を採用するか」「建退共や法定外労災に加入し、証明書類をいつまでに揃えるか」といった具体的なアクションプランをご提案。B社様がその計画を着実に実行された結果、見事、目標としていたP点を達成し、希望する工事の入札参加資格を手にすることができました。これは、経審が単なる事務手続きではなく、企業の成長戦略を実現するための強力なツールとなり得ることを示す好例です。
結果通知書が届いたら、すぐに「次の経審対策」を始めよう
総合評定値通知書が手元に届くと、ほっと一息つきたくなるかもしれません。しかし、本当のスタートはここからです。経審対策は、単年度で完結するイベントではありません。継続的な改善サイクルを回し続けることが、安定した受注と経営基盤の強化につながります。
通知書が届いたら、まずやるべきことは「前年との点数比較分析」です。総合評定値(P点)だけを見て一喜一憂するのではなく、X・Y・Z・Wの各項目がなぜ上がったのか、あるいは下がったのか、その原因を徹底的に分析します。
- X点(完成工事高):受注戦略がうまく反映されたか?
- Y点(経営状況):財務改善の取り組みが数字に表れたか?
- Z点(技術力):計画通りの技術者確保や資格取得ができたか?
- W点(社会性等):加点項目の準備漏れはなかったか?
この分析結果こそが、次年度の改善目標と具体的な行動計画を立てるための最も貴重な資料となります。今年の経審の結果は、来年の経審のスタートラインなのです。
まとめ:経審対策は専門家と歩む1年がかりのプロジェクトです
ここまでお読みいただき、経審対策が「決算後の申請手続き」ではなく、「決算前から始まる1年がかりの経営改善プロジェクト」であることがお分かりいただけたのではないでしょうか。
決算日というゴールに向けて、技術者の育成、社会性の整備、財務内容の改善といった様々な施策を計画的に実行し、決算後はその成果を正確かつ迅速に書類に落とし込む。そして、結果を分析し、次の1年に向けた新たな計画を立てる。このサイクルを継続することが、公共工事の受注機会を広げ、会社の成長につなげるための基本的な考え方です。
しかし、この複雑なプロジェクトを経営者様や担当者様だけで進めるのは、大変な労力と専門知識を要します。税務の視点、許認可の視点、そして時には労務の視点も必要になるでしょう。
私たち、いがり綜合事務所は、司法書士・行政書士・社会保険労務士の3つの資格を持つ専門家として、多角的な視点から貴社の経審対策をトータルでサポートします。まずは、「自社の今の実力値はどのくらいなのか?」を把握するためのP点シミュレーションから始めてみませんか。貴社の状況を丁寧にお伺いし、目標達成に向けた具体的なロードマップを一緒に整理いたします。どうぞ、お気軽にお打ち合わせ・ご相談ください。

司法書士・行政書士・社会保険労務士の猪狩佳亮(いがり よしあき)です。地元・神奈川県川崎市を拠点に、中小企業の社長さんのお悩みに耳を傾け、許認可や労務、法律手続きなどの「困った」を一緒に解決しています。3つの資格を活かし、建設業や宅建業の許可、助成金のご相談など、経営の身近なサポーターとして活動中。どんな小さなことでも、まずは気軽にご相談ください。
