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資格を持っていても営業所技術者になれない?標準報酬月額9.8万円から判明した「常勤性」の問題
「資格を持っている親戚がいるので、この人を営業所技術者にして建設業許可を取りたいんです」
ある建設会社の社長から、新規の建設業許可申請についてご相談をいただいたときのことです。お話を伺うと、親族の中に申請予定業種に必要な資格を持つ方がおり、その方を営業所技術者等(旧・専任技術者)として申請したいとのことでした。
そこで、常勤性を確認するため、社会保険関係の資料を拝見しました。すると、標準報酬決定通知書に記載されたその方の標準報酬月額は「98千円」。
標準報酬月額98千円は、実際の月給が必ず98,000円という意味ではありません。しかし、通常のフルタイム勤務をしている従業員として見ると、かなり低い水準です。
「この方は、普段どのくらい会社に来ていますか?」
詳しく事情を伺ってみると、社長から返ってきたのは、
「資格を持っている親戚なので給与は払っていますが、実際にはたまに会社に来るくらいなんです」
というお話でした。
ここで問題となるのは、資格の有無ではなく「常勤性」です。営業所技術者等は、原則としてその営業所に常勤し、専らその職務に従事する必要があります。資格を持っていても、たまにしか出勤しない状態では、営業所技術者等として認めてもらうことは難しくなります。
この事例では、標準報酬月額「98千円」という一つの数字がきっかけとなり、営業所技術者として申請できる勤務実態なのかを改めて確認することになりました。標準報酬月額98千円という資料を見れば、「本当に営業所で常勤しているのか」「短時間勤務ではないのか」と確認すべき事情になります。そのため、「他に本業があるのではないか?」「名前を借りているだけ(名義貸し)ではないか?」といった疑念を持たれてしまうのです。
この記事では、なぜ給与額が低いと常勤性が問題になるのか、実際の相談事例を交えながら、その理由と具体的な解決策を専門家の視点から詳しく解説していきます。建設業許可の全体像については、建設業許可の要件で体系的に解説しています。
なぜ標準報酬月額が低いと「常勤性」を確認されるのか?
建設業許可の審査において、行政庁が専任技術者の給与額、特に社会保険の標準報酬月額に注目するのはなぜでしょうか。それは、標準報酬月額が「常勤性」、つまりその会社で恒常的に勤務しているという実態を客観的に示す、極めて重要な指標だと考えられているからです。
建設業法では、営業所技術者等を営業所ごとに専任で設置することが求められ、その営業所に常勤している必要があります。これは、見積、入札、請負契約締結等が各営業所で行われることを踏まえ、許可を受ける業種について専門的知識を有する者を営業所ごとに配置し、請負契約の適正な締結・履行を確保するための重要なルールです。
もし、専任技術者がごくたまにしか出勤せず、給与もお小遣い程度だとしたらどうでしょう。その人は本当に会社の技術的な責任を担っていると言えるでしょうか。行政庁は、このような「名義貸し」に近い状態を防ぐため、給与額と勤務実態の整合性を厳しく審査するのです。
社会保険加入だけでは不十分!標準報酬月額の意味
「社会保険にはちゃんと加入しているから大丈夫ですよね?」というお声もよく聞きます。しかし、社会保険に加入しているという事実だけで、営業所技術者等の常勤性まで当然に認められるわけではありません。
建設業許可では、社会保険の適用事業所について適切な加入が求められますが、営業所技術者等については、それとは別に、その営業所に常勤している実態を確認する必要があります。
その常勤性を確認する資料の一つが「標準報酬月額」です。
標準報酬月額とは、基本給や各種手当などを含む報酬月額を一定の等級に区分した、社会保険料を計算する基礎となる金額です。通常は毎年4月から6月までに支払われた報酬をもとに定時決定されます。
したがって、標準報酬月額が98千円だからといって、「実際の月給がちょうど98,000円」という意味ではありません。ただし、98千円の等級は報酬月額93,000円以上101,000円未満に対応しており、通常のフルタイム従業員として見ると、かなり低い水準です。
今回のケースでも、標準報酬月額が98千円だったことから、「本当にこの方は営業所で常勤しているのだろうか」「短時間勤務ではないのか」と勤務実態を詳しく確認するきっかけになりました。
例えば単純計算として、神奈川県で月170時間勤務すると仮定すれば、2026年9月時点の最低賃金1,225円でも、170時間分の賃金は約20万8千円となります。実際の最低賃金の判定では、所定労働時間や賃金の内訳をもとに個別に確認する必要がありますが、標準報酬月額98千円という数字は、通常のフルタイム勤務を想定した場合には大きな違和感があります。
社会保険労務士の視点から見ても、このような数字が確認できた場合には、標準報酬月額だけで結論を出すのではなく、実際の勤務時間、給与額、賃金台帳、勤怠記録などを確認し、勤務実態との整合性を確かめる必要があります。
出勤簿や賃金台帳との整合性が問われる
常勤性は標準報酬決定通知書など所定の確認資料で審査されますが、勤務実態に疑義がある場合には、賃金台帳や出勤簿など追加資料による確認を求められることがあります。そのため、社会保険の記録、給与、勤怠の内容が実態と整合していることが重要です。
例えば、以下のようなケースは虚偽申請を疑われる典型例です。
- 標準報酬月額は98,000円なのに、出勤簿上は毎日8時間、週5日勤務していることになっている。
- 賃金台帳の支給額と、社会保険料の計算基礎となる報酬額に大きな乖離がある。
これらの矛盾は、「書類上だけフルタイム勤務に見せかけているのではないか」という疑念に直結します。許可を取得するためには、社会保険の記録、給与の支払い記録、そして日々の勤怠記録という3つの情報が、「当社の営業所で常勤しており、その勤務実態に見合った給与が支払われている」という一貫して確認できる必要があります。適切な給与計算と勤怠管理は、許可申請の土台とも言えるでしょう。
また、言うまでもありませんが、営業所技術者等の兼務が問題となるケースため、その点も厳しく確認されます。
(参考:建設業法(昭和二十四年法律第百号))
【実例】資格を持つ親族を専任技術者にしようとした失敗談
抽象的な説明だけでは、実際のリスクを把握しにくい場合があります。ここで、私が実際に経験した相談事例をご紹介します。この話は、多くの経営者が陥りがちな「思い込み」の危うさを教えてくれます。
発覚のきっかけは「標準報酬決定通知書」の報酬月額
それは、ある建設会社の社長から新規の許可申請についてご相談いただいた時のことでした。一通りの資料を拝見する中で、私は一枚の書類に目を留めました。専任技術者候補となる方の「標準報酬決定通知書」です。
そこに記載されていた標準報酬月額は「98千円」でした。標準報酬月額は実際の給与額そのものではありませんが、98千円の等級は月々の報酬が概ね10万円前後であることを示します。
この数字を見て、私は勤務実態を詳しく確認する必要があると感じました。仮に月170時間程度のフルタイム勤務であれば、この水準は神奈川県の最低賃金から計算される賃金額を大きく下回るからです。
私は社長に、その方の勤務状況について詳しくお話を伺うことにしました。
「実は、資格を持っている親戚がいまして。普段は別の仕事をしているんですが、名前を借りる形で籍を置かせてもらっているんです。給与も、まあお礼程度ということでこの金額で…」
社長のお話は、私が懸念していた通りの内容でした。悪気はないのです。しかし、この「資格を持っているから大丈夫だろう」という安易な考えが、許可取得が困難になるところでした。

ヒアリングで判明した「たまに来るだけ」という勤務実態
さらにヒアリングを進めると、「会社にはたまに顔を出す程度」という、常勤とは到底言えない勤務実態が明らかになりました。社長は、社会保険に加入し、給与を支払っていれば問題ないと考えていらっしゃったのです。
私は、この状態が建設業法で固く禁じられている「名義貸し」と判断されかねない、非常に危険な状態であることを丁寧にご説明しました。専任技術者は、文字通りその営業所に「常時」いて「専ら」その業務に従事する人でなければなりません。たまにしか出勤しない勤務実態では、建設工事に関する技術的な管理責任を継続的に担っているとは説明しにくくなります。
このまま申請すれば、許可が下りない可能性が高く、事情によっては虚偽申請として問題視されるおそれもありました。表面的な書類だけでなく、その背景にある実態までしっかりと確認すること。それが私たち専門家の重要な役割なのです。
常勤性を満たすための2つの具体的な解決策
「では、うちはもう許可が取れないのでしょうか…」
事実をお伝えすると、社長は不安そうな表情を浮かべられました。しかし、問題点を整理したうえで、対応策を検討しました。私は、この状況を打開するための具体的な解決策を2つご提案しました。
選択肢1:常勤可能な別の技術者を専任にする
一つ目の方法は、問題となっている親族の方ではなく、社内にいる別の方や、新たに採用する方を専任技術者にするという選択肢です。
例えば、他に国家資格や実務経験の要件を満たす正社員の方がいれば、その方を専任技術者として申請します。この方法のメリットは、常勤性の要件について説明しやすくなり、申請上の不安要素を減らせることです。
一方で、デメリットとしては、社内に適任者がいない場合は新たに人材を採用する必要があり、採用コストや人件費が増加する可能性が挙げられます。今回のケースのように、親族の方の勤務形態をどうしても変えられない事情がある場合には、有効な選択肢となります。許可の維持には、役員や技術者の交代時に空白期間を作らないよう注意が必要です。
選択肢2:勤務実態と給与を常勤に見合う形へ変更する
二つ目の方法は、その親族の方自身の働き方と処遇を、常勤の実態に見合う形へ変更するという、より本質的な解決策です。

社長とご親族に事情を説明し、ご納得いただいた上で、私たちはこの選択肢を取りました。具体的には、以下のステップを踏みました。
- 勤務実態の変更:「たまに来るだけ」の状態から、営業所の営業時間内は常時勤務する、いわゆるフルタイム勤務(例:1日8時間、週40時間)へと勤務実態を改めていただきました。
- 給与額の変更:実際の所定労働時間に応じて最低賃金法を満たし、かつ勤務実態に見合った適正な給与水準に変更しました。
- 社会保険手続き:固定的賃金の変動後、随時改定の要件(継続3か月の報酬、支払基礎日数、2等級以上の差など)を満たすことを確認したうえで、社会保険労務士として年金事務所へ「月額変更届」を提出し、標準報酬月額を実態に合わせました。
重要なのは、申請の直前に給与額だけを形式的に変更するのではなく、勤務、給与、社会保険の届出という3つの実態をすべて整合させ、実際に「常勤している状態」を作ってから申請に臨むことです。この一連の手続きを正確に行うことで、私たちは無事に建設業許可を取得することができました。当事務所の社会保険労務士顧問サービスでは、こうした労務管理の適正化もサポートしています。
まとめ:許可申請前に技術者の給与と勤務実態の確認を
建設業許可を取得できるかどうかは、単に資格を持った人がいるかどうかだけでは決まりません。その人が「常勤の専任技術者」として、勤務実態、給与水準、社会保険の記録、そのすべてにおいて矛盾なく証明できるかが重要です。
特に、親族や高齢のOB社員に技術者をお願いしようとお考えの場合、申請準備を始める前に、必ず以下の点を確認してください。
- 標準報酬月額は、常勤の従業員として不自然なほど低くないか?
- 出勤簿やタイムカードで、恒常的な勤務実態を客観的に示せるか?
- 他に本業を持っていたり、他社の役員を兼任していたりしないか?
「これくらいなら大丈夫だろう」という安易な判断が、後で申請手続き上の大きな支障となります。もし少しでも不安な点があれば、ぜひお早めに専門家にご相談ください。
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司法書士・行政書士・社会保険労務士の猪狩佳亮(いがり よしあき)です。地元・神奈川県川崎市を拠点に、中小企業の社長さんのお悩みに耳を傾け、許認可や労務、法律手続きなどの「困った」を一緒に解決しています。3つの資格を活かし、建設業や宅建業の許可、助成金のご相談など、経営の身近なサポーターとして活動中。どんな小さなことでも、まずは気軽にご相談ください。
